2011年04月05日

スサノオと、鯰絵

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横浜清水ヶ丘公園にある、早咲きのヨコハマヒザクラを背景に、スサノオノミコトを撮影しました。

スサノオが退治したヤマタノオロチは、洪水(津波、川の氾濫)だったという説があります。日本復興の祈りを込めて。

1855(安政2)年、江戸を中心とする関東平野南部で発生した、安政江戸地震。

M6.9、死者約4300人、倒壊家屋約1万戸とされる安政の大地震の後、「鯰絵(なまずえ)」と呼ばれる、ナマズを題材に描かれた錦絵が流行、江戸を中心に大量に出版されたそうです。

鯰絵の図柄は、鹿島神宮祭神であるタケミカヅチノカミが、要石と呼ばれる巨石で大鯰を封じ込めるものであったり、大鯰を懲らしめる庶民の姿を描いた合戦図であったり、・・大鯰が地下で活動することによって地震が発生するという民間信仰に基づくものでした。

身を守る護符として、あるいは不安を取り除くためのまじないとして、鯰絵は庶民の間に急速に広まったといいます。

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電気も科学もなかった時代に、自然の猛威は誇張や例えでなく八百万の神々の怒りと思えるほどに恐ろしかった事でしょう。しかしこの鯰絵を見ていると、何ともいえないユーモラスさと、その頃の日本の庶民のたくましさを、遊び心を見て取る事が出来ます。

人知を超えた自然現象に何度も打ちのめされても、このように持ち前の明るい性格と根気で、我々日本人のご先祖様達は恐怖や哀しさを乗り越えてきたのでしょう。


3月11日に起きた東日本大震災のニュースを連日観ながら、涙がぽろぽろとこぼれました。そして粘土をこねて、スサノオノミコトを作りました。スサノオが退治したヤマタノオロチは、洪水(津波、川の氾濫)であったという説がありますからね。

鯰絵についてはスサノオが出来上がるまで知りませんでしたが、知らずとも、ご先祖様たちと同じ行動を取っていたのですね。何だかご先祖様に励まされ、元気づけられた気がします。
posted by watanabe at 09:46 | Comment(0) | スサノオノミコト
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■「神話博しまね」

2012年7月21日(土)〜11月11日(日)

・創作人形写真、及びジオラマ展示
・粘土ワークショップ開催

2012年は、古事記編纂千三百年の年。古事記千三百年を記念する「神話博しまね」イベントのひとつとして、渡邊和己の神話モチーフの創作人形写真の展示、神話創作人形ジオラマの展示、また、粘土作品制作のワークショップを開催させて頂きました。

神話博しまね公式ウェブサイト
http://www.shinwahaku.jp/

神話フィギュアジオラマ展 出雲神話絵巻 お知らせページ
http://www.shinwahaku.jp/main-stage/taisha/