2015年09月28日

豊後高田の鬼の石段 田染の荘(たしぶのしょう)


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国東半島、田染の里の荘園、田染の荘(たしぶのしょう)。

743年の墾田永年私財法の成立により開墾された、宇佐神宮の荘園のひとつです。千数百年前〜平安〜鎌倉時代の集落や、水田の位置は現在もほとんど変わらずに、中世荘園村落の姿が受け継がれています。

鬼の石段の物語伝承にふさわしい舞台です。

posted by watanabe at 12:23 | Comment(0) | 鬼の石段 大分豊後高田

2015年09月26日

豊後高田の鬼の石段 大日如来像


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大分国東半島豊後高田の、熊野磨崖仏。

鬼が一夜で築き上げたと伝承される石段を登りきる手前に、巨大な不動明王と、大日如来像の姿が刻まれています。平安時代後期、日本最古・最大級の磨崖仏。

こちらは大日如来像。頭髪や装身具の特徴から、本来は薬師如来像であろうかともいわれるが不明、となっています。不動明王よりも百〜二百年前に刻まれたものと推定されています。


鬼の石段の昔話に登場は赤鬼1匹ですが、お友達の青鬼もこしらえてみました。

posted by watanabe at 21:08 | Comment(0) | 鬼の石段 大分豊後高田

2015年09月18日

ネコ 樹脂粘土


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ネコ。造型難度レベル「1」。

初めての方に向けての、ねんどワークショップのデモンストレーションではいつも、ネコのアタマを作ります。とても身近な動物なので、比較的誰でもイメージし易く、単純なデフォルメでもネコらしく見えますね。単色のネコアタマなら、慣れればどなたでも1分程度でベースの形が作れる様になりますよ。

ワークショップの場合は、練習用の単色ネコアタマをまず作り、ねんどの手触りと、道具の使い方を覚えたら本番の2色(またはそれ以上)のネコを作ってみましょう。

※左側の赤白カラーのネコは、オリジナルキャラクター「うすきの赤ねこちゃん」。大分県の地域伝承「臼杵の赤猫」をモチーフにしています。拙ねんど人形写真は、伝承のキャラクターをねんどで制作、実際の地域でイメージ写真を撮影し、地域興しに役立てたく思っています。

posted by watanabe at 10:08 | Comment(0) | ワークショップ用など2015〜

2015年09月15日

大友宗麟と、たれ耳お守り犬


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'98(平成10)年より大分市内、大友氏遺跡〜館跡の発掘調査が始まりました。第21代豊後領主・大友宗麟が愛好していたとされる茶の道具や、また海外輸入の陶磁器、 京都のものを模したかわらけ(素焼きの土器)他、様々な数多くの遺物が発見されています。

その中に、安産や多産を祈願した「犬のお守り」がありました。

遺跡近くにある大友氏遺跡体験学習館にて、出土したというお守り犬の土人形を拝見したところ、なんと「たれ耳」というキュート過ぎる特徴があるではありませんか。これは、ねんど人形にするしかないでしょう(!)。・・というわけで、「大友のたれ耳お守り犬ちゃん」を作ってみました。

posted by watanabe at 16:57 | Comment(0) | 大友宗麟、立花道雪

2015年09月09日

うすきの赤ねこ 猫おどり


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うすきの赤ねこちゃん、猫おどり中。大分臼杵城下町にある、武家屋敷や寺院が軒を連ねる二王座(におざ)歴史の道。廃寺が改修されたお休み処、旧真光寺にて。

ねんど人形写真を撮影していて、"人形を置ける場所"が見つかると、とても嬉しいです。自分で作った人形台に乗せての撮影ばかりだと、写真がワンパターンになりがちですからね。旧真光寺の二階廊下(?)の低い位置に柱があり、目に留まった瞬間にこの絵柄が決まりました。

ねんど人形写真用には13〜18センチサイズの人形が通常は適していますが、この絵だとコンパクトな7センチサイズなのが、却って良い距離感になりました。横柱に対して絶妙な位置に照明があり、柱の交差が絵柄に奥行き感を与えてくれ、さらに奥には窓の逆光が柱のディテールを見せてくれて、写真にはおあつらえの好条件でした。

posted by watanabe at 16:58 | Comment(0) | ワークショップ用など2015〜

2015年09月08日

豊後高田の鬼の石段 不動明王と、熊野の権現さま


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コケコッコー コケコッコー

うわあ 朝になった 負けたー!


夜明けまでに百段の石段を積めたなら、お前が村人を食べる事を許そう。だが積めなかったなら、逆にわしがお前を食い殺してやるぞ。・・と権現さまに申し渡されていた赤鬼は、朝を告げる鶏の声を聞いて、百段目の最後の石を担いだまま、大慌てで逃げ出した。ニワトリの声は、権現さまが実は鳴きまねをしたのだった。

夢中で山の中を走り、一里半ほど走ってやっと赤鬼は平地に出た。息が切れて苦しいので、担いでいた石を放ると、石が立ったまま倒れない。そこを立石(速見郡山香町)と呼ぶようになった。

赤鬼はそのまま倒れて息が絶えた。

これを聞いた里人たちは、これで安心して日暮しが出来る。これも権現さまのおかげと、岩に彫んだ大日さまのお加護であると朝夕感謝するようになったという。


大分国東半島の熊野磨崖仏に至る石段には、鬼が築いた石段の伝承物語が残されています。磨崖仏の不動明王を背景に、権現さまに見立ててねんど人形写真で物語場面を描いてみました。

posted by watanabe at 15:44 | Comment(0) | 鬼の石段 大分豊後高田

2015年09月05日

鬼の石段 大分豊後高田


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むかしむかしのお話。この田染の里に毛むくじゃらの赤鬼がやってきて、人間を食べるという。

それを聞いた熊野の権現さまは、何かよい方法はないかと考え、そして、いち夜のうちに百の石段をこしらえたら許してやろうと約束した。

権現さまは、とうていできるはずはないと思っていたが、なんと赤鬼は、ひょいひょいと石を担いで、あっというまに50段をこしらえた。その早いこと早いこと、見る見るうちに99段築いたのだった。

おどろいた権現さまは、100段目の石を担いだ赤鬼の足が山かげに見えたとき、「コケコッコー」とにわとりの鳴き声をまねした。赤鬼は、「負けたあ」と最後の石を担いだまま逃げ出していった。

熊野山たいぞう寺から、磨崖仏を通って熊野権現さままで続いている石段は、この赤鬼が築いた石段といわれ、今でも多くの人々に親しまれている。


大分国東半島、豊後高田市にある熊野磨崖仏登り口の案内板に記された、鬼が築いた石段の伝承物語です。同様の伝承は、日本中割と各地方でも見られますね。

私の故郷大分県の鬼の石段のお話は、以前にもねんど人形写真で発表しましたが、鬼っ子人形をリニューアルして、新しく撮影しました。鬼は好きなので、ちょくちょく新しく作り直しています。追って写真を更新していきますが、前回と比べて少しは雰囲気が変わったでしょうか?

posted by watanabe at 20:30 | Comment(0) | 鬼の石段 大分豊後高田

2015年09月03日

原尻の滝と大友宗麟 その2


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おおいた豊後大野ジオパーク、緒方町の原尻の滝の景観と、豊後領主大友宗麟です。

posted by watanabe at 15:11 | Comment(0) | 大友宗麟、立花道雪

■「神話博しまね」

2012年7月21日(土)〜11月11日(日)

・創作人形写真、及びジオラマ展示
・粘土ワークショップ開催

2012年は、古事記編纂千三百年の年。古事記千三百年を記念する「神話博しまね」イベントのひとつとして、渡邊和己の神話モチーフの創作人形写真の展示、神話創作人形ジオラマの展示、また、粘土作品制作のワークショップを開催させて頂きました。

神話博しまね公式ウェブサイト
http://www.shinwahaku.jp/

神話フィギュアジオラマ展 出雲神話絵巻 お知らせページ
http://www.shinwahaku.jp/main-stage/taisha/